デザイナーを目指してから

昭和五十九年七月、七日町交差点のビルの地下に、パリに憧れた山形の小池富子さんという一人の女性が喫茶店を開いた。高校時代、薬師町にいた友達の家が「JUN」というおしゃれな喫茶
店をしていた。そこで初めて喫茶店を知り、その時の感動が彼女のその後の夢になった。

二十代で上京し、服飾デザインの学校へ。卒業後、学校で教える立場にまでなったが、三十代になって山形に戻り、会社勤めをしたり、喫茶店のアルバイトをしたりして子育てをした。喫茶店は山形駅ビルにあった「四季」という店で、同じ経営者の「アルペジオ」という喫茶店と掛け持ちして働いた。そして三十四歳の時、自分の喫茶店を持つという夢を実現した。

憧れのパリを山形に

「もちろんヨーロッパ風のお店にしたかった。それで物件を探していたらたまたま七日町のここが空いていたんです。でも店は一階でないとダメだ、地下は無理だといろんな人に言われました。しかし一番初めにシャッターを開けた時、私は階段の幅と傾斜が程良く感じられ、半地下なのもとても気に入りました。中に入ったら南の小窓から差し込む光が木漏れ日のように綺麗だったんです。それからは内装のデザインに夢中になりました」

半地下を生かすために天井の梁をアーチ型にしたり、ちょっと隠れるようなコーナーを設けたり、テーブルの仕切りの曇りガラスにエッチングのデザインを入れたり、設計士と相談し自分でも手を入れて仕上げた。漆喰にした天井や壁のほんのり灯るランプや、家具などアンティークも上京してオーダーしたり買い集めたりした。パリのモンマルトの丘で買った絵も飾った。それらは今も開店以来のままだ。


家具や調度品ばかりでなく、「雑誌もインテリアの一つです」と、店主お気に入りの雑誌類がある店内


店名も憧れのパリのカフェそのままに「シャンソン物語」とした。
「二十代の時、雑誌を見るたびに、誌面からシャンソンの歌声が聞こえていました。店に入って行くとシャンソンが聞こえてくる、そんなイメージは半地下がピッタリじゃないですか。山形のどこにもないお店にしたかったというのが、私のスタートでした」
それから三十五年近くが経ち、BGMはシャンソンだけでなく、ジャズやファドなど自分の好きな曲を季節に合わせてセレクトして流している。
現在、メニューはコーヒーなどドリンク類の他はトーストとワッフルの二種類だけで、純喫茶に徹している。焼きたて・挽き立て・淹れたての自家焙煎のコーヒーはハンドドリップして提供。ストレートとブレンドを曜日別に出すこともしている。
「階段のお客様の足音を聞くと今の幸せをとても実感でき、ありがたく温かい気持ちになります」と、小池さんはスタッフと笑顔で語った。そこへ足音がして、ドアがキュンと開いた。




シャンソン物語
山形市旅籠町2−2−25 カメリアコート B1
TEL. 023-641-6395
営業/平日11:00〜19:00 土・日・祝12:00〜18:00
定休日/第1・第3日曜日

(出典:『やまがた街角 第85号』2018年発行)

●『やまがた街角』とは
文化、歴史、風土、自然をはじめ、山形にまつわるあらゆるものを様々な切り口から掘り下げるタウン誌。直木賞作家・高橋義夫や文芸評論家・池上冬樹、作曲家・服部公一など、山形にゆかりのある文化人も多数寄稿。2001年創刊。全88号。