年末年始には挨拶や出入りの多くの客でにぎわった母屋の店先


杜氏や蔵人達と一緒に過ごした正月

—— 榎森伊兵衛家について、大変失礼ですが、ごく簡単に教えてください。

榎森 先祖の井筒屋榎森太右ェ門は近江商人で元文元年(1736)酒造業を創業し、明治に入ってから榎森伊兵衛を襲名、私で十代目になります。戦時中の経済統制で当時の八代目が県の酒造組合長をしていた立場から率先して酒造業を廃止せざるをえなくなって、以後食品全般の卸販売をしています。そうしながら商家としての榎森家の伝統を引き継いできています。往時の醸造蔵が3つ、今でも残っています。

—— ではさっそく本題ですが、先代とご活躍の頃の年末年始といえば、ご商売はどんな様子でしたか。

榎森
 商売上、盆暮れ勘定が普通でしたから盆や年の暮れには頻繁に人が出入りしていました。暮れは特に勘定が済むと夜遅くまで出入りのいろんな人が酒を飲んでいました。また使用人達も暮れには蔵のまわりの大掃除や夜遅くまで正月用の酒の配達などで忙しくしていましたので、暮れには彼らにご馳走を振る舞いました。杜氏や蔵人達も酒造りがちょうど仕込み時期に入る時で息が抜けませんでしたが、そうした年の瀬のけじめはきちんとつけたものです。暮れに蔵の神棚を掃除して正月には新年のご挨拶をしたり、大黒様や庭の屋敷神のお稲荷様に家族や蔵人揃ってお参りしたりと、神様、大黒様、お稲荷様と3ヶ所お参りするなどして、そうした節を踏むことの大切さを自然に守っていました。今でも元朝参りは小橋の神明様へ、年神様は六椹八幡様へと出掛けています。蔵人は1日に行き、私は2日の日に行っています。

—— そうですね。節というけじめはまわりに人がいてはじめてできることで、人はそうすることで人としての生業を守ったものです。節分という言葉が節を分けるという意味があるようにですね。

榎森 そうです、家族の他に人を使って商売していると人手もありましたし、習慣というのは大事です。それが風習となって、商売にもけじめを付けていたということでしょうか。ご近所に対しても「おめでとうございます」と声を掛け合い、仕込みの忙しい時期でも、正月は正月らしくご挨拶に来る人をご馳走や酒でもてなしたものです。



酒造業を営んだ創業時に製造販売していた「一品」の銘柄が入った徳利。


突きたての餅を当主がひねって品試し

—— そう、けじめはあいさつの文化というような感じでしたものね。では、年越し蕎麦など年末年始の料理はどんなものをいただいていましたか。

榎森 酒屋の頃、うちは蕎麦よりも餅でした。正月に餅を突いてご馳走にしました。その突いた餅を当主のいる部屋に持って行くんです。そして当主の父がそれをひねって餅の頃合いを確かめるんです。それからでないと食べられませんでした。餅突きには仕込みの時期ではありましたが、杜氏や蔵人も揃ってやったものでした。また、なぜかその年が良くなるようにというので鰤(ブリ)を焼いて食べることもありました。ふつうは塩引きや酒粕の鮭ですが、どちらになるかはその時代の奥方によって違ってくるんですね。でも私の昔は鰤の方が多かった。酒飲みやお茶請けには鮭の奈良漬けなんか美味しいですよね。それと正月らしい料理でいえば、大根とニンジンの紅白のおめでたい膾(なます)や、他に棒鱈やカラカイ。それに砂糖で甘く煮込んだ黒豆、その豆の酢ものなどもありますね。

—— 定番のお雑煮はどのように。

榎森 鶏肉や根菜が入った、ごった煮というよりうちではお澄ましでした。おせち料理もありますが、あれは元来、正月三が日は家人の女性を休ませるための料理だそうですね。でもうちでは商売柄、そうもいきませんでしたけれどね、昔は。

—— まぁ、そうやって年末年始は特別な日として過ごし、ふつうの日とは区別して晴れの日として区別する習慣というか、習わしが昔はきちんとあったわけですよね。



造り酒屋の時代からの屋敷神・冬守稲荷大明神


初荷や初売りは年始めの晴れ舞台

—— 正月のお飾りはどうでしたか。例えば門松とか。

榎森 門松も今は街中でもほとんど見られなくなりましたね。郵便局の玄関前に揃って立っているくらいでしょうか、七草の一週間くらいまで。我が家では、掛け軸を30日の日に替えています。宝来や爺婆などめでたい絵柄のものに。小さい頃はよく片付けを手伝わされたものです。酒蔵の注連縄も晦日に替えています。前の年の注連縄などは7日か節分の日に燃やします。

—— この街には大通りの初市がありますが、こちらでは初売りはどうされていますか。

榎森 1日から準備して2日に初売りです。福袋も準備しています。前は初荷が来たら、大切な仕入れ先さんなのでご挨拶代わりにうちの屋号の入った特製の前掛けや手ぬぐいを差し上げたりしましたが、今は軍手などで重宝がられています。ともかく、うちは家族だけでなく使用人も多くいますので、皆で年末年始の行事やしきたりをしてきています。

—— そうやって時代とともに歩んで来たわけですね。ほんとに榎森伊兵衛家は275年という伝統を持った往時を語り継ぐ商家の一つだと思います。今日はお忙しい中、ありがとうございました。



初荷の業者に正月挨拶替わりに配った特製前掛け


(出典:『やまがた街角 第63号』2012年発行)
※一部表現、寄稿者の肩書等に掲載誌発刊時点のものがあります。

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文化、歴史、風土、自然をはじめ、山形にまつわるあらゆるものを様々な切り口から掘り下げるタウン誌。直木賞作家・高橋義夫や文芸評論家・池上冬樹、作曲家・服部公一など、山形にゆかりのある文化人も多数寄稿。2001年創刊。全88号。