地域の文化拠点となった、アムステルダム郊外の名物書店 “リブリス・フェンストラ”。
経済危機を乗り越えたその背景にあったものは?
厳密に言うと、ここは、アムステルダムではない。日本人は「フェーン」と呼ぶ、ここアムステルフェーンは、アムステルダムに直結し、KLMオランダ空港の本社があり、日系企業も多い。家族連れの日本人の大半が暮らすのは、実はこのフェーンだ。
住環境に恵まれたこの街は、最近、発表された「オランダの魅力的な都市ランキング」で、ロッテルダムやハーグといった大都市を押さえ、アムステルダムに次ぐ堂々の第2位に輝いた。中でもフェンストラ書店が店を構える商業施設・スタッヅハートは、オランダで初めて建てられたという屋根付き巨大ショッピングセンターを有し、さらには劇場や、オランダの近代芸術運動を代表するコブラ美術館などもある。文字通り、フェーンの中心地だ。
経済危機がくれたチャンス
ここに、以前から気になっていた本屋がある。なんと、本屋の上に、図書館があるのである。それって経営として成り立つのか? 私はかねがね不思議に思っていた。そこで、店長のレムコ・ハウテペンさんに話を聞いてみた。
「きっかけはね、2010年の経済危機だったんだ。この書店は、当時はフェーンの別の場所にあったんだけど、生き残るためにどうしたらいいか、さんざん議論を重ねたんだ。その時、このスペースを貸し出したい、って話がきてね。実はここ、昔は1階も図書館だったんだよ。ただし、本はまったくなくて、ようは市民の“憩いの場”だったんだ。
ところが、自治体も財政状態が厳しくなって、人員を削減するか、それとも1階を切り離せ、ってことになったわけさ。でもね、ここは広場に面していて、お隣は高級デパートのバイエンコルフ。フェーンの中でも一等地で、家賃も高かった。何人か専門家に相談したんだけど、みんなに“やめておけ、図書館の下なんて無理に決まっている!”って反対されたよ(笑)」
目指すはマーケットのような楽しい店
それでもこの場所にかけたフェンストラ。経営難の下で、本屋として再生するためには、徹底的な改革が必要だった。図書館のような、無機質な空間の延長ではだめだ。そこで、立地とガラス張りの建物の特性を生かし、お客さんが入って来やすい、まるでマーケットのような店にできないか、と考えたのだ。本屋だけど、売るのは本だけではない。例えば児童書の売り場にはおもちゃも置き、料理本と一緒に食器などを置くことにした。
「ただ本を売る、というのではなく、気軽にお茶したり、ちょっとしたプレゼントを買うのにも最適な、そういった楽しい店を目指そうと思ったんだ。気がついたら13年経ってたよ」とレムコさんは笑った。
この建物、入口右手にまず、カフェがある。このカフェも書店の独自経営だ。イベント時にも気兼ねがないし、その間カフェの売り上げが落ちても、書店の宣伝効果は絶大だ。だから結果的には損はしない、とレムコさんは考えている。実際、誰もが気軽に入れるこのカフェがあることによって、間違いなく建物の全体が明るくなっている。コロナ禍にカフェを営業できなかった時は、本を売っていても店に活気がなかった、とレムコさんは振り返る。狙い通りのマーケットのような空間に、このカフェは欠かせない存在。そう、このカフェは、まさにこの建物全体の看板娘なのだ。
とにかく、この本屋には、「うちは本屋です」という威圧感がない。私が気に入っているのは、店内の圧倒的な明るさだ。ガラス張りの店内には自然光が入り、すがすがしいほどに気持ちがいい。「ここはそもそも公共の建物だったからね。隠しごとのない、見通しのいいところがポイントさ。それを書店にも活かしているんだ」レムコさんは明るいこの本屋の秘密を教えてくれた。
図書館との共存は成り立つのか?
気になる、図書館との共存について聞いてみた。
「例えば月に一回、“ポエム・カフェ”を合同で開催している。有名な詩人や、地元の詩人を招待して、時には音楽を聴きながら朗読してもらうんだ。それに“文学カフェ”というのもあって、あらゆるジャンルの作家を呼んで、トークショーを開いている。うちの書店だけでやるイベントもあるけれど、図書館も興味を示したら、一緒にやるようにしている。形態は違っても、共に本が好きだ、ってことに変わりはないからね。図書館には子ども連れの親がよく来るから、うちにも親子連れがすごく増えたよ。一方、図書館にとっては、建物全体が人を引き付ける魅力的な場所になったということは大きかったと思う。図書館も人が来なくなってしまったらやっていけないからね」
実は、レムコさんは2017年に「ベスト書店販売員」に選ばれている。彼を見ていて納得した。店にいると、次から次へと従業員やお客様から声をかけられ、要望に合わせて走りまわっている。そして、連日のようにSNSなどでお勧めの本を紹介している。「別にうちで買ってくれなくてもいいからとにかくいい本を買って欲しい、読んで欲しいという思いをずっと伝えてきた」とレムコさん。
いや、彼だけでない。この店の従業員は、なんだかみんな、いきいきしている。お客さんが困っているようだとすぐに声をかけてくれるし、常に創意工夫しながら働いているのがよくわかる。地域住民も、彼らを単なる書店員として見ているのではない。外から彼らの姿が見えたら立ち寄って、おしゃべりして帰る、なんていう光景が、この本屋では当たり前なのだ。
フェンストラは、2017年に創設された「アムステルフェーン経営者賞」の初代受賞者にも選ばれている。経営者のリエンクス一家は受賞後、こう語っている。
「私たちが成功した背景にはいくつもの理由がありますが、なんと言っても図書館との共同活動、という点が欠かせません。私たちは同じ建物を共有し、一緒に読み聞かせの会を行い、一緒に本を文化的産物としてプロモートしてきました。時には互いのスペースを貸し借りし、人々に出会いの空間を提供することができたのです。ですから、感謝の気持ちをまずは図書館に伝えたい。私たちにとって、これほど素晴らしいお二階さんはいません。」
「本屋と図書館の共存はありえるのか?」 信じがたいことだが、ありえるのだ。いや、むしろフェンストラと図書館は、互いの存在なしでは経済危機やコロナを生き残れなかったかもしれない。
本離れが言われて久しいが、ピンチをチャンスに変えたオランダ人の発想、そして何よりも本と地域に対する圧倒的な情熱と愛情によって、フェンストラは生まれ変わり、地域の文化拠点にまで昇りつめた。こんな素敵な本屋が近所にあったら、私なら毎日のように立ち寄ってしまうだろう。