今年3月、『高宮麻綾の引継書』で鮮烈な作家デビューを飾った、山形出身の城戸川りょうさん。
東京大学経済学部を卒業した現役の商社マンであり、新人賞の最終選考で落選するも、異例のデビューを果たして注目を集めています。
作家になるまでの道のりや本作への思い、執筆の舞台裏などを伺いました。
仕事に忙殺される中で再び小説を書きたい思いが
八文字屋(以下八) 商社に勤務しながら、どうして「小説を書こう」と思われたんですか?
城戸川りょう(以下城戸川) 就職も決まって、これで一安心と思っていた大学4年のとき、同じ東大の辻堂ゆめさんが『このミステリーがすごい!』大賞で優秀賞になり、在学中に作家デビューして東大総長賞を受賞したんです。辻堂さんと面識はなかったんですが同学年で、ショックでした。自分もずっと本が好きで、大学生活は時間がたくさんあったのに、小説を書くという発想が全くなかった。なんで書こうと思わなかったのかと、卒業間際になってすごく後悔して、そのとき「書きたい」と思ったんです。でも、会社に入ると毎日忙しくて、そんな気持ちは忘れていましたが、入社2年目の終わり頃に仕事が本当にきつくなって、「自分の人生、これで良かったのかな」と。そのとき、小説を書きたいと思ったことを思い出したんです。
八 まず小説講座に通ったとか。
城戸川 著名な作家さんが多く出ている山村正夫記念小説講座(現森村誠一・山村正夫記念小説講座)に通いながら、仕事の合間に小説を書き始めました。剣道とフェンシングをやっていたので、小説もしっかりと型、基礎を身につけてから書いたほうがいいと考えたんです。自己流でやると〝型破り〟ではなく〝形無し〟になってしまうので。
八 そうして書き続けて誕生したのが『高宮麻綾の引継書』なんですね。どのような小説ですか?
城戸川 商社を舞台に、入社3年目の女性社員・高宮麻綾が、〝リスク回避〟を理由に親会社に潰された新規事業を実現させるために、社内外を爆走する〝お仕事小説〟です。もちろん働く中で得た情報や知識をそのまま書くことはできませんし、架空のストーリーですが、入社して10年の間に自分自身が仕事を通して体験した喜びや怒り、悔しさなど、感じたことを小説にしたいと思いました。そして、幅広いジャンルの長篇エンタテインメント作品を対象にした新人賞の松本清張賞に応募することにしたんです。
八 仕事をしながら執筆するのは、かなり大変だと思いますが。
城戸川 平日は、朝起きたら出勤前に書いて、昼休みはパッと昼ご飯をすませて書いて、残業を終えて夜、家に帰ってからまた書いて、時間があれば1行でも書いていて、土日はずっと書いてます。結構、海外出張もあって、松本清張賞の締切1週間前にもドイツ出張が入りました。そのとき作品はほぼ完成していて、帰国したら最後の仕上げをして応募するつもりだったんですが、空港で飛行機を待っている間にふっと「主人公と、立場が違う同期の社員との関係性をもっとちゃんと書き込まないと、物語として弱いな」と気づいたんです。それで、ドイツまでのフライトの14時間、機内で一気に原稿用紙80枚を書いて第5章を追加して、応募しました。これで内容に深みが出た。このときに追加した第5章がなかったら、私はいま、ここにいなかったと思います。
八 手応えはあったのですか?
城戸川 ありましたね。『高宮麻綾の引継書』は、構想を練り始めてから書き終えるまで5か月ほどかかったんですが、この時期に手がけていた仕事も充実していましたし、仕事と小説の両方からすごいアドレナリンが出ている感じでした(笑)
「今回は残念ながら…」落選の連絡に全部終わったと
八 松本清張賞で最終選考まで残って、その結果を聞いたときは?
城戸川 最終選考会の日は、会社で普通に働いていました。午後4時から選考会が始まるというので結果を待っていたんですが、2時間たっても連絡が来なくて。じつは、最終選考に残った段階で、事前に会社にも「小説を書いていて、これで受賞してデビューが決まったら、小説を出します」と伝えていたんです。それで職場の人たちも知っていて、だんだん周りの目も気になってきた頃に携帯電話が鳴りました。急いでフロアの個室のブースに入って電話に出ると、「今回は残念ながら︙」と。首のあたりがドッと重くなりましたね。でも自分の中では、「いや、落ちるわけがない」と納得がいかなくて、「直接フィードバックをいただけませんか!」「一度お会いできませんか!」と食い下がったんです。相手は困った様子で電話を切られて、これで全部終わったと思いました。
高宮麻綾の引継書
著/城戸川りょう
文藝春秋
1,760 円(税込)
入社3年目の主人公が、精魂込めて作り上げた新規事業を親会社に潰され、企画を通そうと孤軍奮闘するビジネス×痛快ミステリー。
「高宮麻綾のモデルは3人。それぞれの良さや極端な部分が合わさっているんですよ」
八 それから一転して出版が決まったのは、どうしてですか?
城戸川 落選と聞いて呆然としていたら、またすぐに電話が鳴りました。知らない番号からでしたが、出てみると、相手は『別冊文藝春秋』の編集長の方で、「一度会えないか」と言われたんです。そのときは出版の話だとは思っていなくて、さっきの電話で粘りに粘ったので、見かねて情けをかけてくれたのかなと思いました。そして数日後、文藝春秋さんに行くと、その場で、「この小説は、いま世に出すべきです」と言っていただけて出版が決まったんです。
八 それが、異例の作家デビューにつながったんですね。
城戸川 部屋には編集長のほかにも数人の方がいて、「この作品は、あそこが良かった」とか皆さんで話をしているんです。自分の頭の中にしかなかった物語が、ちゃんと誰かに届いていたんだと感動しました。
仕事で失敗したとしてもその経験も全て小説のネタ
八 主人公の高宮麻綾は、かなり強烈なキャラクターですが、モデルはいるんですか?
城戸川 モデルは3人います。自分と入社後に仕事を教えてくれた先輩、1年間一緒に仕事をしたグループ会社の人。この3人をベースにしているんですよ。これだと思ったら脇目も振らずに突き進んでいくところは自分自身。貧乏ゆすりをして、怒りを原動力に執念深く本質を突き詰めていく先輩、したたかに冷静に次の一手を考えられるグループ会社の人。それぞれの良いところも極端な部分も合わさってできたのが、高宮麻綾のイメージですね。
八 引継書をモチーフにしたのは?
城戸川 引継書を書かない業界もありますが、商社は異動が多いので、必ず前任者が引継書を書いて後任者に渡します。引継書は、自分がやってきた仕事を文章化して残すものなので、会社員として一つの証になりますから、事務的なことだけでなく、熱い思い入れを持って書く人も多いんです。それを読むと、「当時、この人はこんなに頑張っていたんだ」とか、引継書から思いが伝わってくるんですよ。それで、引継書をモチーフにしたら結構おもしろいんじゃないかと思いました。
八 とてもテンポが良くて、引き込まれて読みましたが、ドラマやアニメにしてもおもしろそうですね。
城戸川 書くときはいつもイメージが頭の中に流れて、それを文章に落とし込んでいる感じです。今回も、自分の後ろにカメラがあって、主人公の高宮麻綾の視点で見たものを書いている感覚でしたね。
八 最初に全体の構想を決めてから書き始めるのですか?
城戸川 必ずプロットは書くようにしていますが、これは大まかな地図のようなもので、最終的に書きたいゴール地点のイメージだけ持っています。そこに向かってどう行くか、途中のチェックポイントはいくつか考えておきますけど、書きながら流れが決まっていく感じですね。
八 AIを活用して書くことは?
城戸川 私は、めちゃくちゃアナログです。普段から手のひらサイズの小さい手帳を持ち歩いて、イメージやアイディアが思い浮かんだら全部メモしておくんです。それを見直して、「こっちのほうが、おもしろそう」と思ったら途中で何回も変えて、でも辿り着きたいゴールはブラさずに書いていきます。最近、ようやくわかってきたんですが、考えて考えて文章を書くよりも、書きながら考えていく。そうすると、何かしら出てきて、どんどん膨らんでいくんですよ。
八 小説を書くようになって、仕事に対する姿勢や取り組み方が変わったことはありますか?
城戸川 日々の仕事全部がネタ集めで、どんな業務も全て何かにつながると思うようになりました。やはり行動をして経験をすることで書けることが増えるので、そういった意味では、前向きに仕事に取り組むようになって、「誰がこれをやるか」というときに、「私がやります!」と積極的に手を挙げて、どんどん挑戦するようになりましたね。仮に失敗したとしても、その経験も書けるので、全てに対してかなりアンテナが高くなった気はしています。
組織にいるからこそ書ける“お仕事小説”を
八 これから、どんな小説を書いていきたいですか?
城戸川 秋には『高宮麻綾の引継書』の第2弾が出る予定で、〝お仕事小説〟がこれからも一つの柱になると思っています。高宮麻綾自身が優秀ではあるんですけど、特別なバックグラウンドがあったり選ばれた人ではなくて、いわゆる普通の人である高宮麻綾が、「これをやるんだ!」と決めたことに全力で立ち向かっていく。その一瞬のきらめきのようなものを書きたかったんです。そういう姿を見て、自分も頑張ろうと思ってもらえたらうれしいですね。
八 シリーズ化して、高宮麻綾をぜひ山形に出張させてください(笑)。ところで、本の帯に「こんな会社辞めてやる!」とありますが、ご自身が作家専業になる予定は?
城戸川 小説を書くことは会社の人たちも応援してくれていて、出版が決まったときもとても喜んでくれました。商社マンと小説家と、どちらが本業かといえば商社マンのほうで、みんなに気持ちよく応援してもらえるように、しっかり仕事をやり切っていくつもりです。それに、〝お仕事小説〟は、自分が組織の中で働き、その場にリアルに身をおいているからこそ書けるジャンルなので。
八 服装も商社マンらしく紺色のスーツにネクタイ姿で、トレードマークになっていますね。
城戸川 以前、出版社の営業担当さんや作家さんが集まる飲み会に初めて参加したんですが、やけに作家さんから名刺を渡されるなと思ったら、出版社の社員だと思われたようです。今年はこの格好でいこうと思ったんですけど、暑くなってきて、いつ、やめようかと(笑)。
八 山形にとって、地元出身の新しい作家さん、全国の書店に並ぶ話題作が誕生してうれしい限りです。
城戸川 子どもの頃、英会話教室の帰りに近くの八文字屋本店に寄って、「にゃんたんのゲームブック」を買ってもらうのが楽しみでした。高校生になると自転車通学で、八文字屋の北店によく行って。その本屋さんに自分の本が並んでいるのを見ると、本当に感激しますね。
八 読者としても書店としても、次の作品を楽しみにしています。
城戸川りょうが選んだ中高生のための3冊
本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む
著/かまど、みくのしん
大和書房
1,760 円(税込)
教科書に出てくる『走れメロス』などの名作短篇を初めて読んだら!?「こんなふうに読んでいいんだ」と思わせてくれる、読書嫌いな人にこそおすすめです。
イクサガミ シリーズ
著/今村翔吾
講談社
770 円(税込)〜
「明治時代 × デスゲーム」という、没入感マックスな超スピード・超ド級エンタメ小説で、時代物が苦手な人も一気に読んでしまう快作だと思います。
名探偵夢水清志郎事件ノート シリーズ
著/はやみねかおる
講談社
858 円(税込)
自称名探偵・夢水清志郎と三つ子姉妹が、数々の怪事件に立ち向っていくシリーズ。小学生向けですが、私自身が本を好きになったきっかけの本です。
取材・文/たなかゆうこ・八文字屋商品部
※本記事は『八文字屋plus+ Vol.10 夏号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。