風に立つ
著/柚月裕子
中央公論新社
1,980 円(税込)

心が通い合わない親子の揺れ動く心情を解いていく

 日本を代表するハードボイルド作家との呼び声が高い柚月裕子さんが、2024年1月10日、新刊を出版しました。

「『風に立つ』は、読売新聞での連載をまとめた1冊です。私にとっては初めての家族小説に挑戦しています」

 舞台は柚月さんの故郷でもある岩手県盛岡市。南部鉄器の職人として仕事一筋を貫き通し、家族に対して距離をとっていた父・孝雄が突然、補導委託を引き受けたことから物語は始まります。補導委託とは、問題を起こし、家裁に送られてきた少年
を一定期間預かる制度。少年たちは親元を離れて民間のボランティアに下宿しながら、生活指導をしてもらいます。孝雄と共に工房で働く息子の悟は、自分に何の相談もなく勝手に補導委託を引き受けたことに当惑。ぶっきらぼうで無口な孝雄とは、元々良好な親子関係とは言えなかったことから、その行動に怒りすら感じています。そこにやってきた少年・春斗は17歳。自転車の窃盗、万引きを行ない補導されました。進学校に通い、父親は弁護士という恵まれた環境で育っている春斗が、なぜそのような行動をとってしまうのか…。

「なかなか気持ちが通じ合わない親子や問題を抱えた少年たちの心情を自分なりに考えながら、どうしたらうまい方向に進むのか、彼らと共に悩みながら書き上げました」

 物語の主軸は、春斗の問題を解決していくことに置かれていますが、それは同時に悟が孝雄との関係を見直す時間にもなっていきます。

「本当の父の気持ちとは」。家族だからこそ、近くにいる存在だからこそ、届かない思い。知らなかった気持ち。相手に伝えることをに躊躇し、距離をとってしまう絶妙な親子関係を描いています。



「多くのものを取りこぼす前に向き合う大切さを問う」


岩手を感じる情景が作品に溶け込んでいる

「作品がうまく書けないときには、故郷の岩手を思い出しながら書きました」

 物語の中には岩手の自然をイメージできる描写が多く登場します。伝統工芸品である南部鉄器をはじめ、岩手山、郷土料理、日本酒、チャグチャグ馬コと呼ばれるお祭りなど、土地のものが出てくることで登場人物たちの生活はより一層鮮明に。彼らが土地を愛していること、そして岩手の人が地元を思う気持ちも反映され、情景に生活が溶け込んでいることが感じられます。それもまたこの小説の魅力のひとつです。


人と向き合う大切さを教えてくれる1冊

 柚月さんの作品として印象深い、警察や裏社会、ミステリーといった要素は今回一切ありません。普段は見えづらい家族の内側に焦点を当て、じっくりと向き合う時間を提供してくれます。親と子、両方の側面を描いているので、どの世代も共感できる作品です。多くのものを取りこぼしてしまう前に、自分自身を顧みられるような1冊になっています。


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※本記事は『八文字屋plus+ Vol.5 早春号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。