デビュー以来、数々のミステリー小説を生み出し、『傍聞き』で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。この春、連続ドラマ化される『風間公親- 教場0-』も話題の長岡弘樹さんに、本との密接な関係を伺いました。



八文字屋(以下八) 本を読まれるようになったのは、大学生の頃からだそうですね。

長岡弘樹(以下長岡) はい。大学生になるまで、ほとんど本を読んできませんでした。なんで本が好きになったかというと、強烈におもしろい小説たちに出会ったからです。教科書におもしろい小説が入っていれば、もっと早く本を好きになったかもしれないですね。小学生のときに唯一「これはおもしろい」と思っていた本は江戸川乱歩です。

 読書家になられた現在は、本屋に行くことも増えましたか?

長岡 悲しいかな作家になった途端、忙しすぎて本屋からは足が遠のいています。でも、本が好きなのは相変わらずです。今は読む本の95%はノンフィクションですね。自然科学から、人文学、社会学、歴史などありとあらゆるジャンル。タイトルを見て興味が惹かれたら手に取ってみます。そこから作品の着想を得ているんです。僕はあまり取材に行くということがないので、本を読まなければ小説が書けないと思っています。





 本から作品となる要素を探しているんですか。

長岡 何かの本に「人が死ぬ間際に嘘をつくものではない」と書かれていた1文があり、そこから「自分の言葉を信じてもらうために、わざと死の直前まで追い込む」というシーンを思いつきました。気になる1文から、ひとつの短編、長編ができるということはよくあるんです。

 気になる文章は、すべてメモを取っていらっしゃるんですか?

長岡 そうです。パソコンにすべてまとめているのですが、締切が近くなって「アイデアがないなぁ、困ったなぁ」というときにはそのメモを見返して「こんないい情報があるじゃないか!」と。一度ではアイデアに結びつかなかった文も、二度、三度と見返すことで“実は使える”と気づくことがあるんですね。

 本好きになった大学生の頃から読んだ本はすべて記録していると伺いました。

長岡 今でもしています。パソコンの中に蔵書一覧があってですね。お酒を飲みながら開いて終わった本とか「積ん読」も多いのですが、蔵書数でいうと3万冊ぐらいかな。すべて書棚につっこんでいますけど、入り切らない分は自分で本をスキャンして電子書籍化しているんです。それなら初めから電子書籍で買えばいいと思われるでしょうけど、紙の本が大好きなんですね。





小説家じゃなければ映画の仕事がしたかった

 山形県に在住の小説家はミステリー作家が豊富ですよね。なにか山形にミステリーのネタになる要素があるんでしょうか。

長岡 たまに聞かれるんですけれど、わからなくて(笑)。ただ執筆には適した環境だと思います。山形市の中心部から少し離れたところに仕事場を建てたのですが、静かで落ち着きますね。実は、山形弁を話す話も書いたことがありますが、山形弁って難しくって。そういう小説がないからウケるかと思ったんですけど、セリフが作りづらかったです。せっかく山形で生まれ育った背景があるわけですから、それをうまく文章にして新しい分野に手を広げていけたらいいですよね。

 ズーズー弁のミステリー小説、おもしろそうです! 先ほど、本でアイデアを得るとおっしゃっていましたが『教場』は、警察学校に取材に行かれたそうですね。

長岡 担当の編集者に警察学校を出たばかりの新人警察官を紹介してもらいまして。その方からお話を伺えるということだったので、警察学校も見学させていただきました。『教場』は僕の中では、最もちゃんと取材をした作品になります。

 最初の『教場』を書かれた後に取材に行かれたことで『教場2』では、前作より警察学校の雰囲気を柔らかく描いたと聞きました。

長岡 鉄拳制裁が当たり前な時代もあったそうですが、今はそんなことをしたら、たちまち大問題になるご時世。小説においても暴力シーンに対する風当たりがあったりします。

 『傍聞き』に収録されている『迷走』を読んで衝撃を受けました。比べると『教場』シリーズは、比較的読みやすい印象があります。

長岡 『迷走』を気に入っていただけているのは、すごくうれしいです。自分の中でも好きな作品で、今度出版する自選短編集にも収録しています。僕はもっと過激なシーンも書いてみたいのだけど、頭の片隅に編集者の顔が浮かんだりして(笑)。世の中の流れは少し感じています。

 世相以外に、言葉にも注意されたりはしますか?

長岡 それはかなり意識しています。作家の星新一さんは自分の作品を晩年まで書き直していたそうです。「黒電話のダイヤルを回した」という表現があったら、その何年か後に「ボタンを押した」と書き直しているんですね。僕はそこまではできませんが、何年か後に読まれたときに古くなるだろうと思ったところは、できるだけ直すようにしています。とくに流行り言葉はすぐに古びてしまいますので、使わないですね。

 長岡さんの作品では、どれも登場人物の人間臭さを感じます。短い文章でも一人ひとりの個性がしっかり伝わってくるのですが、魅力ある個性はどのように生まれるのですか。

長岡 最初にプロットを書く時点では、細かく設定はしていません。書いている最中にどんどん肉付けをしていきます。例えば2万字の作品だとしたら、初め7000字ぐらいでプロットを書いて、編集者に渡します。そこで意見をいただいて肉付け、加筆をし、2万字ぐらいの作品に仕上げる。プロットを作った段階では、「だいたいこういう人物」としか考えていないんです。加筆していくと思いつく場合が多いので、そこでキャラクターの個性ができあがっていきます。

 人物像を細かく描くために、参考にされるものはありますか。

長岡 人物像は映画から学ぶこともあります。小説家にならなかったら、映像の仕事をしたかったぐらい映画が好きなんです。とくにアメリカ映画が好きで、見る本数も多いのですが、ヨーロッパ、アジアも見ますし、最近はインドと韓国の映画がおもしろい。韓国映画は人物を描くのが上手なのと、推理サスペンスものが充実しているんですよ。僕の1番好きなジャンルでもあるので、学びにもなります。映画のように読者へのサービス精神を大事に小説を書いていきたいですね。





木村拓哉さんが演じる風間をイメージして書くこともある

 『教場』は映像化もされ、春から連続ドラマがスタートします。自分の作品が映像化されたときは、どんなお気持ちでしたか?

長岡 先ほども言いましたが、映画が好きなので、自分の作品が映像化されるのは、うれしかったです。でも恥ずかしい(笑)。ものすごく照れます。2020年のスペシャルドラマのときには事前に試写会に行ったんですけれど、最初は隣に座る妻の背中に隠れて自分の視界を小さくして見ました。覗き見るみたいな感じ。でも、見進めていくうちに映像化の見事さに気づき、前のめりになって見ました。

 主人公の風間公親を演じられている木村拓哉さんの印象は、いかがでしたか。

長岡 まさかこの人が! と思いました。僕たち世代にとって、カリスマですから。演じる姿を見たら“こういう風間があったんだ”と。木村さんに演じていただいてよかったと心から思いました。一度撮影現場でお話したときも、役に入り込んでいましたね。風間と話している気がしました。今は木村さんの顔を思い浮かべながら、書いてしまいます(笑)。

 今回新しく出版される『新・教場』は、最初の『教場』に続く作品になっていました。風間が初めて警察学校に赴任された時代でしたね。

長岡 『教場0』、『教場X』と、風間がまだ捜査一課にいた時代の作品を出した後だったので、その続きという感覚で書きました。『教場』以前なので、さすがの風間でも新米で戸惑うことがあるだろうと思い、それを書くのが難しかったです。6編収録されている中で女性が主人公の作品は、苦労したかもしれないです。やはりまだまだ男の世界である警察学校において、女性の話を考えるのは、容易くはありません。男性だとパッと出てくるネタも変に考えてしまって。

 そうなんですね。でも、女性の学生が登場する作品のトリックは圧巻でした。風間は生徒に対して平等に厳しく、そして実は愛情深い一面もありますよね。

長岡 読者は風間の冷酷なシーンを期待していると思いますが、それだけでは、人間としての深みが出ません。冷酷な部分を見せた後に愛情のあるところをチラッと見せる。その差があることで冷酷さが引き立つとも思っています。そういう部分をうまく書いていきたいです。





(インタビュー/八文字屋商品部 文/中山夏美 撮影/伊藤美香子)




新・教場
著者:長岡弘樹
発売日:2023年03月
発行所:小学館
価格:1,980円(税込)
ISBNコード:9784093866798