長岡弘樹さんによる警察学校小説「教場」シリーズの最新作『新・教場』が、3月15日(水)に発売されました。

同シリーズは、4月からはフジテレビ系月9ドラマ「風間公親-教場0-」として放送が予定されており、シリーズ累計で100万部を突破している人気作です。

そこで、今回は長岡弘樹さんの書店にまつわるエッセイを掲載いたします。


『聞いちゃった! 書店版』 長岡弘樹

2016年の夏、永六輔さんが亡くなった。私も、その訃報をたいへん残念に思った一人だ。以前より私は、永さんがお書きになった本が好きだったのである。

ある人から「歩く盗聴器」と渾名をつけられたという永さんの著作には、『聞いちゃった!』(新潮文庫)などのように、市井人による金言を淡々と紹介していくスタイルのものが多い。ここではそれを真似て、私が実際にこの耳で聞いた「書店」に関する言葉をいくつか挙げ、若干のコメントを加えてみたい。


『繁盛している書店で立ち読みした本は、よけいに面白い』
私の大学生時代に、ある講師が発した言葉。映画も、混んでいる劇場で見た方がより楽しく感じられるという。それと同じ理屈なのだろう。


『みなさん手に取ってくださってますよ』
書店員さんの言葉。新刊が出て挨拶回りをすると、行く先々の店舗でこう声をかけてもらえる。ありがたいことである。拙著を手に取ったお客さんが、それを持ってレジに行くのではなく、元の位置に戻してしまう場合がほとんどだとしても。


『レジで目を合わせてくれないお客さんが多いです』
これも書店員さんの言葉。実は私もその手の客である。別にイヤらしい内容の書籍でなくても、自分がどんな本を買ったのかを店員さんに知られるというのは妙に気恥ずかしいものだ。ある曲に「必ず手に入れたいものは誰にも知られたくない」という歌詞があるが、その心理がよく分かる、という人は多いだろう。


『ときどき、隣に置く本を変えてみます』
これもある書店員さんから聞いた言葉。書籍は、近くにどんなタイトルがあるかで売れ方に差が出てくるものだ、と初めて教えられた。ちなみに話はそれるが、これを聞いたとき連想したのは、「数字の13は、12と14の間にあればそのとおりに見えるが、AとCの間にあるとBに見えてしまう」という現象だった。これを本格ミステリのトリックに使えないかと頭を捻ったことがあるが、結局ものにならなかった。


『てめえぶち殺すぞ』
某書店にいた客の言葉。携帯電話に向かって大声で発されたもの。声の主は見た目からしてそのスジの人だったため、私を含めて周囲の客たちは凍りついた。


『知らないことばっかりだねぇ……』
書店の棚をじっと見ていた年配の男性客が呟いた言葉。まことに同感だ。ずらり並んだ本のタイトルを横から順に眺めていったときほど、自分の無知さを思い知らされることはない。大きな書棚の前は、もしかしたら、人間が最も謙虚になれる場所ではないのか。


『あの~、すみません。大学受験用の参考書はどこに置いてありますか』
これは私自身が某書店で発したもの。こんなのどこが面白いんだ、と疑問に思われるだろうが、実はこれ、書店員さんにではなく、まったく見ず知らずの客に向かって掛けてしまった言葉なのだ。
そのとき私は高校生で、相手の客は三十歳くらいの女性だった。彼女はごく普通の服装をしていたのだが、なぜか私の目には、その姿がエプロンをつけた書店員さんに見えてしまったのだった。自分の間違いに気づいたあとは、参考書を探すどころではなく、慌てて外へ逃げ出したことは言うまでもない。なぜあんな見間違いをしたのかは、いまもって謎のままである。


著者の新刊



新・教場
著者:長岡弘樹
発売日:2023年03月
発行所:小学館
価格:1,760円(税込)
JANコード:9784093866798

最恐教官・風間公親の初陣!新章始動!
〈小学館 公式サイト『新・教場』より〉

※本記事は「ほんのひきだし」に2017年10月05日に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。