万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第25回は、文具ブランドのアートディレクター兼イラストレーターをされているASANEL ねぼうさんです。


職業:アートディレクター・イラストレーター 保有万年筆:不明


万年筆では無加工な感情を表現できる

「ASANEL」という文具ブランドのアートディレクター、イラストレーターをしています。オンラインのみで販売をしていて、万年筆インク、マスキングテープ、スタンプやメッセージカードなど「自分が使いたい」と思える文具を作っています。

万年筆との出会いは、夫です。電話中にメモを取らないといけず、そのとき夫が渡してくれたのが「LAMY/safari」の万年筆でした。書き心地が良くて見た目もシンプル。すっかり気に入ってしまって「これいいね」、「これかわいいね」と褒めていたら、同じ物を1本プレゼントしてくれました。そこから私の万年筆生活が始まりました。

LAMYは、今でもいちばん好きなブランドです。「バウハウス」 (20世紀のデザイン業界に影響を与えたといわれるドイツの美術学校)の流れを正統に受けついでいるプロダクトで、私自身の人生に似合うなぁと思っています。

万年筆は、筆圧が弱くても書けるので速記に便利。私の考えるスピードと万年筆で書く速さが合うように思います。気持ちや情動、感情は意識で感じるより、ずっと早く身体の中に存在しているので、それを迷うことなく、無加工な心のままアウトプットできると感じています。

日常でも「使いたい」という気分を大事にしていて、家のいたるところに万年筆が置いてあります。



子どもの頃の目標は「毎日図工がしたい」

「ASANEL」を立ち上げる以前から、自分用に文房具を作っていました。そんな自作文具を使っていると、周りの方から「この感じが好き」、「同じ物がほしい」「私にも作ってほしい」と声をかけていただくようになりました。「それならオンラインストアでもしようかなぁ」と、ふんわりブランド活動がはじまりました。

40歳になったらクライアントワークからセミリタイアして、どんなカタチでもいいので作家活動と大学の学業を並行して暮らそうと計画を立てていました。生きるスピードを少しゆっくりにしたいなぁと。

ちょうどそのタイミングで周りから「文具を作ってほしい」とリクエストをいただいたので、素直に周りからの声を受けて文具の作家になろうと決めました。



人生の決断は、すべて自分で探したり選んだりしなくてもいいなぁと思っています。周りからの声を素直に聞くのは好きです。周りからの声は客観的な評価なことが多いですし、自分では気付かない自分の個性も見えてきます。自分以外から与えられた課題を楽しく解いていく人生もいいなと思っています。

私が最初に目標を決めたのは10歳のとき。それは「毎日、図工をしたい」でした。イラストレーターになったのも、アートディレクターになったのも、仕事の中で声をかけてもらったというのが大きく、当初の目標「図工をしたい」からズレていなければ選択肢はなんでもOKでした。イラストレーターも、アートディレクターも、文具作家も、大きな括りでは図工だと感じています。

今の私は,本当に毎日図工をしているので目標は達成されました。ずっと続く図工の時間は、望んでいた生き方なので楽しく幸せです。


自分に嘘がない作品は、全部100点です

文具作りはとても好きです。全部私が欲しいものだけなので、自分の気持ちを誤魔化さずに製作できるのは心地よい作業といえます。折り合いを付ける相手が自分だけなので忖度もありません。自分に嘘をつかなければ、全部100点!です。

作品作りは絵を描くずっと前から「願う気持ち」や「思う気持ち」を日々の暮らしの中から見つけます。その気持ちが自然と馴染んで、考えなくてもずっと側にあって「普通になったとき」から絵を描きはじめます。

絵を描くずっと手前に心や考え方をまとめる作業があり、そのために本を読んだり大学で勉強したり。描くために学ぼうとすると、少し打算が入るのですが、純粋に学問から受けた感動や喜びから生まれた作品は、素直でよい作品に仕上がることが多いです。「私らしい」とは、私のことを考えなくなるときなのでしょう。考えていることが自分に溶けて混ざり合い、境界線がなくなるまで粘って待ちます。



好きなときにやめてもいい。それが趣味の醍醐味

私自身の話はこの辺までにして。今回は万年筆の話のインタビューですから、そろそろ万年筆の話をしようと思います。

最近は、お手頃価格の万年筆がずいぶん増えました。プラチナの「プレピー」であれば数百円で万年筆ライフを始められます。コンバーターを足しても1,000円くらいでしょうか。合わせて「MDノート」の小さめサイズ(文庫サイズ3冊パックの薄手がオススメ)を用意します。MDノートのようにキレイにペン先やインクが走るノートを使うと、引っかかりが少ないので万年筆が安定します。初めての方にはとくに安心感があると思います。

小さめサイズのノートを選ぶのは、すぐにページが書き終わるので達成感が得られやすいからです。達成感がたくさんあると、書くことを続けやすくなります。

そんな理由で、プレピーとMDノートであればお小遣いでも安心して始められる価格ではないでしょうか。まずは試してみる。どうしても自分には合わないなぁと感じたり、好きではないなぁと思ったら、使うのをやめてもいいと思います。

「はじめる自由」には「やめる自由」がセットでついてきます。迷って何もしないより、まず体験してみるのはいかがでしょうか。触って使ってから「好き」か「イマイチ」か判断していいし、しばらく使って、いつでも好きなときに休んでいいし、やめてもいい。これが趣味の醍醐味だと思います。

迷っているより、始めてしまえば趣味の選択肢が増えます。人生は選択肢の連続。選択できるときには思い切って始めてみて、五感で感じてみるのがよいかなぁと思います。体験は思い出に繋がりますし、そこから新しい世界が始まることもあります。

手帳のコラージュも楽しい趣味のひとつ。どんなコラージュであっても、生きた人間が手や頭を使ってアウトプットしたカタチなので「失敗と呼ばない」がコツです。「全部成功の途中」だと思えば、怖くなくなります。

人間は失敗を恐れるようにできているので、先に失敗という概念を心からなくします。自分のコラージュに自信が持てなかったり、誰かに嬉しくない言葉を言われたら、こっそり私にだけ見せて下さい。一緒に「コラージュ素敵!」と褒め合いたいです。どんなコラージュもなかったときより、そこにあることは素敵なことですよね。



文具は生きている時間の「ログを取る」道具

今、社会人をしながら大学生をしています。勉強がとても楽しいです。何年かかってもいいので、大学院へ進学する予定。大学では心理学を専攻しているので、人間の「心」の仕組みから文具を作ったり、心のケアに対して、科学的エビデンスがある文具を作れる作家になるのが今の目標です。

「なんとなくこうだから、私はこう思う」製品ではなく、科学からヒントを得たり、仮説を立てて統計を出したり、心の研究から文具を作ってみたいと考えています。心や暮らしをケアする文具のブランドをASANELの仲間として新しく作ってもいいなぁと計画しています。

文具は生きている時間の「ログを取る」ことにとても適している道具。心理学と相性がいいなぁと感じます。もし、そういう科学がこっそり溶けている文具が誰かの暮らしを快適にしたり心地よくできたら、ブランドとしてなによりです。健康はとても大切です。

デザインと科学のバランスがちょうどよく、オシャレでかわいく、使いやすいシンプルな文具ってどんな文具だろう?と考える時間は、大変楽しいチャレンジです。

10歳のとき「毎日図工をしたい」という目標を見つけ、無事に30年かけて達成できました。今は、17歳の時に決めた「人生の最後は科学者になる」にチャレンジしています。まだまだ道半ばで、時間がかかりそうですが、歩いていればいつかゴールにたどりつけるので、焦らず続けていきます。


お気に入りの1本: LAMY /safari  万年筆の出会いになった1本であり、ずっと好きなブランドです。


ASANEL https://www.asanel.net/

Instagram:https://www.instagram.com/asanel_bungu/


※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。