万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。今回は、『趣味の文具箱』(ヘリテージ)を立ち上げ、20年間編集長を務めた清水茂樹さんです。


職業:編集者 保有万年筆:約30本


書くことに徹したデザインの万年筆が好き

自分が万年筆と真剣に向き合ったのは、30歳手前。パソコンの雑誌を創刊し、自分へのご褒美の意味も込めて"良いペン”を探しに新宿の小田急百貨店に行ったときです。見に行ったボールペンの隣に売っていたのが「モンブラン/マイスターシュテュック モーツァルト」でした。「LEICA」のカメラやドイツブランドのプロダクトが好きだったのもあって、その出合いは一目惚れに近いかもしれません。

教師だった父親が万年筆愛好家で、子どもの頃から馴染みはありました。名入れをした万年筆をすごく嬉しそうに自慢された記憶があって。そのときは「何がそんなに嬉しいんだ」とかなり不思議に思っていたのですが、今は父親の気持ちがわかります。もちろん僕も、名入りの万年筆を持っていますよ(笑)。

集めているつもりはないけれど、気がついたら増えていました。装飾が少なく、書くことに徹したデザインの万年筆がとくに好きです。色もできるだけシンプルなものがいい。そう言いつつ、最近買ったものは色気のあるデザインだったりしているんですが(笑)。

透明軸の機能美も気に入っています。インクの色も残量もひと目でわかるし、ネジが回転したり構造が見えるのもかっこいい。



書きたい気持ちを満たす雑誌

『趣味の文具箱』(ヘリテージ)を2004年に立ち上げ(立ち上げ当時は枻出版社発行)、約20年間、編集長を務めました。それ以前は、主にフィルムで撮るカメラ雑誌の編集長をしていたのですが、時代がフィルムカメラからデジタルカメラに移行し始めると、需要もガクンと減ってしまって。何か新しいものはないかなって考えたときに「文房具だ」と思ったんです。

高級筆記具をメインに、鉛筆やボールペン、消しゴム、ノートなど書くもの、書かれるものを紹介する雑誌です。創刊当時の読者層は、50~60代の男性が中心。モンブランやペリカンの万年筆をコレクションアイテムとして趣味にしている人が多い印象でした。

それが今は女性の需要がものすごく増えて、平均年齢も30代後半から40代がメインに。最新号の「木軸」特集では、文房具好きの中高生を取材しているページもあるんですよ。

純粋に書くための道具として文房具を趣味とする人が増えたことは、インク需要にも繋がります。インクが流行ったのは、私達の雑誌がひとつのきっかけであると自負していて。創刊号からインクを扱っていましたし、PILOTの「色彩雫」が発売されたときはいち早く紹介しました。今ではショップオリジナルやご当地インクも発売されて「インク沼」なんて言葉が登場するほどになりましたね。

雑誌の中で「筆欲」という言葉をよく使っていますが、意味もなく、ただ文字を書きたい、そういう気持ちになることありませんか? 誰しもが「書きたい欲求」は持っていて、書くことで満たされるものがあると思うんですね。それを共有できるのが『趣味の文具箱』です。

創刊当初から多くの層を取り込まなければ、雑誌は続かないと考えていました。熱心なユーザーを見つけたり、芸能人や若い層の人は積極的に取材をしています。お子さんから読者ハガキが届いたときは、必ず紹介しているんです。1番小さい子だと6歳かな。うれしい反応ですよね。


趣味を深掘りする行為は素敵

自分が雑誌を熱心に読むようになったのは中学生の頃から。ラジオが好きで、FMラジオの詳しい番組表を掲載している『FMレコパル』(小学館)などを毎号買い漁っていました。FMラジオでどんな音楽を流すのかが紹介されていて、レコード1枚をフルに流す番組は欠かさずに聞いていました。曲順や1曲の分数も書いてあるので、それを見ながら聞きたい音楽をラジカセからカセットテープに録音するのが楽しみで。お年玉とお小遣いの8割以上はカセットテープ代に使っていましたね。

中学生だった80年代はじめの頃はアイドル全盛期で、その音楽を聴くためにラジカセを買いました。ラジオでジャズや当時のクロスオーバーといった大人っぽい未知のジャンルを知り、もっといいサウンドで聞きたいと思い、オーディオ雑誌を読み、わざわざ地元の会津若松から秋葉原に行って、アンプとスピーカーとケーブルを必死に買って。インピーダンスという概念を知るために電気や無線の専門雑誌をさらに買う……という好奇心を深め、広げるすべての原点が雑誌でした。

カメラに興味が出始めた頃は『アサヒカメラ』(朝日新聞出版)を読んでいました。その影響で学生の頃の夢は新聞社のカメラマン。ベトナム戦争の最前線を命がけで撮影をした石川文洋さんに憧れ、僕もいつか戦場で写真を撮りたいと思っていました。



大手新聞社に就職できず、その夢は敗れるわけですが……。でもその興味があったからこそカメラ雑誌を創刊したり、写真の仕事も始められています。だから「好き」を突き詰める人の気持ちはすごく理解できるんです。

『趣味の文具箱』の現在の版元であるヘリテージは「偏愛」という言葉を大事にしています。趣味を深掘りする行為は、すごく素敵ですし、人生を楽しむ要素になると考えています。でも、趣味を深掘りしていくと、ほかの人には共感されないことも多い。普通は、万年筆は3本くらいあれば十分ですが、私たちの周辺では100本くらい持っている方がたくさんいるし、話をよく聞くと、100本それぞれに必要な理由、愛情を注ぐ物語があることもわかります。

共有できる喜びを見つけられていない人に向けて、仲間意識を持ってもらえる雑誌を作りたいと思いました。こんなに趣味を突き詰めている人がいるんだってわかったら、自分がやっていることも誇らしく思えるし、より好きになれますよね。

それは僕自身が仕事であり、趣味を深掘りするのが好きだからこそ、寄り添える気持ちであると思っています。


ブームで終わらせたくない

「PILOT/カクノ」の登場で万年筆に革命が起きました。1,000円の万年筆でも、あんなに書きやすいペン先が作れることが証明されて、書きにくい万年筆というのが格段に減ったんです。これは偉大な効果ですよね。

安価でも手に入る商品がさらに広まれば、万年筆は特別なものではなく、ボールペンやシャープペンシルと同じ感覚になっていくと思うんです。最近では小さい文房具店にも置いていますし、若者が使うアイテムのひとつにもなった。世の中の基準は変わってきています。

読者の平均年齢が下がり、どんどん若い方が増えてきています。本作りも世代交代すべき時が来ました。2023年の『趣味の文具箱』は編集体制を一新して、編集長も交代しました。自分は雑誌作りに携わりながら、オリジナル文房具の企画や開発に軸足を移動しています。2023年秋に登場する八文字屋コラボの新モデルにはぜひ注目して欲しいです。愛用のペンを日々活用できて筆欲を上げる1本挿しペンケースです。このような独自の企画で、みなさんの「書く楽しみ」をこれからも広げていきたいと思っています。




自分が雑誌を好きになった時代にやっていたサービスも、まだまだ続けていきたい。あくまで雑誌はひとつのコンテンツ。文房具好き一人一人に話しかけるような気持ちで、ものづくりでも表現していきたいです。


お気に入りの1本:モンブラン/マイスターシュテュック ソリテール ステンレス 20年以上使っている万年筆です。軸がステンレスなので、傷がつきにくくて丈夫。万年筆は長く使い続けられるのも魅力です。


(取材・文/中山夏美 写真/長岡信之介、清水茂樹)


※八文字屋OnlineStoreのWEBコラム「Life&Pen」より転載。