八文字屋

閉じる

八文字屋

menu

店舗情報

イベント

桜はまだかいな

高橋 義夫

(直木賞作家)

※一部表現・肩書き等に掲載誌発刊時点のものがある場合があります。


 南の方で桜が咲いたという便りをきくと、腰が浮くような気分になる。新聞やテレビが桜前線などというものをいいふらすものだから、花に追われている気がして来る。

 

 もう四十年以上も前のことになるが、当時ぼくの家は赤坂一ツ木にあった。四ツ谷駅から坂を下りて赤坂見附に行く途中、弁慶橋の手前に桜の木が植えられていた。公園というほどのこともない、土手づたいの空地である。夜、そこを歩いていると、桜の下で男女がひしと抱き合い、キスをしていた。昨今ならば驚くこともない光景だが、少年のぼくは驚きあわて、二人の横を顔をそむけて駆けぬけた。桜ときくとそわそわするのは、その光景が刷りこまれているのかもしれない。

 

 以前、西行法師の伝記をしらべたことがあるが、西行が幼い子を蹴り倒して出家したり、遠い旅に出たりするのは、きまって桜の季節か、名月の季節であることを発見して、なるほどと思ったものだった。月と同じように、桜も人をもの狂しくさせる。

 

 すぐ走り出す西行法師とちがって『徒然草』を書いた兼好法師は、庵に腰をすえて世事を観察したが、その分いくらか桜にたいしても説教くさいところがある。
 兼好法師によれば、桜の花は一重なのがよいという。そのころ流行しはじめた八重桜を兼好は「異様(ことよう)」としてしりぞけ、吉野の桜も平安京南殿の左近の桜も、床しいのは一重だという。
 「花は満開のとき、月は満月のときだけ見るものではあるまい。雨の日に(雲の陰の)外を恋い、家にこもって春の行方を知らないというのも、かえっておもむき深いものがある。桜の花がまだ咲きはじめぬうちの椿、花が散り乱れた庭などは見どころが多い。和歌のことばがきに、〈花見にまかれりけるにはやく散りすぎにければ〉とか〈さわる事ありてまからで〉などと書いてあるのは、〈花を見て〉というのに、 決して興味がおとるものではなかろう」
 といったいいかたには、いかにも気むずかし屋の世捨人の面目があらわれている。ぼくも近ごろ人まじりがおつくうになり、気むずかしくなって来たので、兼好法師のようにならなければよいかと心配だ。

 

 兼好法師は俗流を嫌い、片田舎をいやしむ。「すべて月花を見物すれぱよいというものではない。春は家から出なくともよかろうし、月の夜は国(ねや)の内から思い浮かぺるのもまたよしではないか。それを片田舎の人は、なんでもごてごてと飾りたてておもしろがる。花の下には歩み寄りにじり寄って見物し、酒をのみ、連歌などをして遊び、ついには大きな枝を心なくも折ってしまう」
 ぽくなどばすっかり兼好法師の嫌う片田舎の人になってしまったから、こうした都ぶりの風流人の言説に接すると、おれのことかよ……と目が三角になる。
 兼好法師の理屈はわきに置いて、その当時にはすでに、花の下で酒盛りをする形の行楽が流行していたことがわかり、日本人が集団で花見に浮かれ出るのも歴史のあることだと知られる。

 

 花見といえば、ぼくは山形市民になってから数年たつが、霞城公園やお薬師さんに行ったのは珍しいうちで、ここ何年かは友人と誘い合わせて、庄内や仙台、福島まで速出している。しかし、桜にではなく当方の都合に合わせて出かけるものだから、兼好法師のいう〈花見にまかりけるに……〉うんぬんといった、ちよいズレのことが多く、福島の三春の桜を見に行ったときなどは、花はまだ蕾で、おまけにつめたい雨が降り、ふるえ上がった。なんとなく、欲求不満が募る。

 

 いくら歴史上に名の通った人でも、こと花見にかんしては、家の中におさまりかえってよしとする兼好法師の態度はとらない。家の中どころか、身近の桜にも飽きる。桜にかんする対し方に、かりに西行型と兼好型があるとすれば、どうやらぼくば西行型だ。
 じっとしていられず、花を追って飛び出して行く。そろそろ雪が消えて、梅は咲いたか、桜はまだかいな……という気分になってきた。

 

(出典:『やまがた街角 第5号』2002年4月1日発行)


 

一覧に戻る