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吹雪の中の花 森敦とセロファン菊

佐々木 征男

(園芸研究科)

※一部表現・肩書き等に掲載誌発刊時点のものがある場合があります。


 森敦と注連寺

 

 森敦が霊峰月山の紅葉が見たいと朝日村大字大網七五三掛(しめかけ)にある注連寺を訪ねたのは、 昭和二十六年晩夏の頃である。

 

 放浪作家の異名をとる森敦は、ことのほか庄内地方が気に入ったらしく、昭和二十年代から居留地こそ点々としたが都合十四年間にわたり逗留した。注連寺もその一つである。

 

 寺男のじいさんに快く迎えられた森敦は、庫裡の二階の八畳間が当座の住居となった。

 

 じいさんの世話で山深いこの寺で過ごしていたが、 燃えるような月山の紅葉が始まり、やがてそれがほとんど色を消し木立だけになっても寺を離れようとはしなかった。じいさんの勧めもあって月山の雪化粧を見たいと思ったからである。

 

 そうこうしているうちに、月山だけでなく寺の周辺にも雪が降り始め、それがいつしか根雪となり寺を去るには春の雪解けを待たなければならなくなった。

 

 そして森敦は、積雪が三メートルを越すという想像を絶する厳しい冬の生活を体験する事になるのである。この体験が小説「月山」を生み出し、昭和四十九年第七十回芥川賞受賞作品となったのである。

 

 小説「月山」とセロファン菊

 

 小説「月山」の舞台は朝日村の月山の山懐にある注連寺とその周辺である。この地域は県内でも有数の雪地帯であり、一旦雪に埋もれてしまうと買い出しも思うにまかせず、秋のうちに食料品を充分に蓄えておかないと、当時は食べる物にもこと欠くようになったという。

 

 小説「月山」の主人公「わたし」は寒さに震えながら雪解けを待っていたのである。

 

 当然雪一色の世界である。そのような中にありながら小説「月山」には花や山菜が登場してくる。黄菊の群が雪に折れ、雪をかぶったままの情景、寒椿、福寿草、鬼あざみ、そしてみず、ばんげ、しょうでん、じょんななどの山菜である。

 

 しかし最も多く登場し、主要な役割を果たしているのはセロファン菊である。

 

「……セロファン菊とかパリパリ菊とかいうのだそうで…どことなく造花じみて…」

 

「寺のじさまが手すさびで一緒につくられていた他の花がみぞれに朽ち、氷雨に腐り無惨な姿になってしまったのにひとりこのセロファン菊がこうしてまだ咲き残って…」

 

「雪からセロフアン菊を背負ってきた女というよりセロファン菊が女の姿になって…」

 

「残された狸徳利にセロファン菊を挿し、ひそかに女を待ってわたしの心のあるところを見せようと…」

 

 小説「月山」にはセロファン菊がこのように記載されており、その他主要な場面でこの花が發場してくる。

 

 主人公の「わたし」が女の幻影を重ね見たというセロファン菊とはどんな花なのだろう。

 

 セロファン菊をたずねて

 

「…セロファン菊とかパリバリ菊とかいうのだそうで…」との文から判断すると主人公の「わたし」も以前から知っていた花でなく、注連寺に来てはじめて知ったものと思われる。実際、植物関係の専門書を調べてみてもこの名前は記載されていない。いわゆる学名とか和名とか英名とかいう専門的な名前でなく、花の印象やさわった感じから表現し、ごく限られた地域でのみ通用する植物方言だろうと思われる。

 

「…どことなく造花じみた花…」「…雪をかぶっても 花を咲かせている…」

 

「切ってやれば冬じゅうもてる…」など、その花の特徴が記載されている。これを手がかりにしてセロファン菊をさがしに晚秋朝日村を訪ねた。

 

「昔は農家の庭先などに沢山咲いていた。今は全く見なくなった。花を見ればセロファン菊とわかるが正式な名前は知らない。」

 

 セロファン類についての問いに対してこのような返事が多かった。

 

 朝日村では毎年秋「月山祭」が催される。朝日村名誉村民森敦の関係者が一同に会し文学談義をする催しである。この「月山祭」実行委員会の委員の一人をこのセロファン前の件でたずねたとき「セロファン菊はこの花ですよ」とドライフラワーにして飾ってある花を指された。それは和名でムギワラギクという草花であった。年一回開催される「月山祭」でも以前は農家の庭先から取って来て飾りつけたとの事であった。

 

 一九七九年、小説「月山」は村野鐵太郎監督のもと映画化された。森敦の資料館「森敦文庫」にはそのスチール写真が展示してある。その中に主人公が祈禱簿を張り合わせた蚊帳の中で寒さに耐えているその脇にセロファン菊を挿した徳利が置いてある。それはまぎれもなくムギワラギクであった。

 

 小説「月山」の主人公「わたし」が女の面影をそこに見たセロファン第はこの地域だけに通じる名前で、全国で通用する名前はムギワラギクであった。

 

 ムギワラギク(セロファン菊)とは

 

 小説「月山」の中のセロファン菊は限られた地域のみに通用する方言で和名ではムギワラギク、世界共通の学名ではヘリクリサム・ブラクテアタム、英名ではストローフラワーという草花である。原産地はオーストラリアでキク科の一年草である。花はメタリックな光沢を持ち、触ってみるとカサカサと紇いた音がし、蕎麦で作ったようないかにも造花じみた花である。雪の中でも寒さの中でも茎葉は枯死するが花はそのままの形と色合いを保っている。花を乾燥させドライフワラーとして利用すれば季節に関係なく鑑賞出来る。昭和二十年代後半から四十年代にかけて品種改良も進み、日本でも盛んに栽培されたが、最近は栽培される事は少なくなった。春に種子を蒔けぱ夏から花を開き栽培は容易である。

 

 庭先に二〜三本作っておきたい花である。

 

(出典:『やまがた街角 第4号』2002年2月1日発行)


 

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