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生まれて初めての初詣

渡辺 えり
(劇作家)

※一部表現、寄稿者の肩書等に掲載誌発刊時点のものがあります。


 生まれて初めて初詣をしたのは、中学三卒の時で、受験の合格のための祈願に出掛けたのだった。
 
 除夜の鐘が聞こえ出したと同時に家を出て、八幡様に向かった。行きも帰りも大勢の人であふれていたが、お参りする時も、後ろに並んだ人に申し訳なく思い、あまりしっかりお願いした記憶はない。
 
 帰り道、雪に足をすべらせて、すってんころりと尻餅をついてしまった。「すべっちゃった」とつい大声で言ってしまって、落胆した。初詣に来るんじゃなかったと後悔した。
 
 帰ってから父母に言った。
「いや、今すべっておいたのだから、もうすべらない。大丈夫。そのための祈願なんだから」
と訳のわからないことを言ってなぐさめてくれた。
「じゃあ、今日すべらなかった人は、本番にすべるの? 全員、お参りしたら、全員合格するの?」
と、こちらもやけになって聞き返したものだが、その年合格できたのは、やっぱりすべっておいたからなのかも知れない。
 
 山形で初詣に出掛けたのは、後にも先にもその一回だけだと思う。
 
 どうして初詣に行かなかったのか、それは初詣の理由が理解できなかったからかも知れない。
 母の作るおいしい年越しソバを食べながら、紅白歌合戦を観て、深夜までテレビを見、昼まで眠り、お餅を食べて、くだくだする。こんなゆっくりとした正月に、寒い外に出掛ける気持ちにはならなかった。
 
 正月だけは宿題もしなくていいし、「勉強しなさい」と叱られることもない。正月に何かをしたという記憶がまるでないのである。
 八幡様に誰がまつられているのか、何の専門の神様なのかも、今だに知らないくらいで、それなのによくお参りに行ったものである。
 
 元旦になると、必ず、日記をつけることにしようと思い立つのだが、正月が過ぎると、いつも忘れてしまう。自分の誕生日の一月五日くらいまでしか続いたためしがない。
 
 もっと小さな頃の記憶に、「ゆわい、ゆわい」がある。私が生まれた村木沢の山王の山王神社の境内で村の衆が集い、藁を焼いて炎を高くあげ、その中にお札やら人形やら簡単には捨てられない前年の思い出の品を投げ入れて焼くという行事である。
 男たちが火のついた藁を「ゆわいゆわい」と言いながら高く放り投げていた記憶がある。美しい炎、その火に照らし出される村の人達の不思議な表情。五歳以前の記憶なので、途切れ途切れの思い出である。
 
 そして餅つき、どこかの家の庭で、みんなが交代で餅をついている。子供は危ないから離れていろと言われる。「指が潰れる、千切れるぞ」とおどかされる。
 つきたての餅はおいしいけれど熱くててでさわれない。母達はよくさわれるなと感心する。
 
 その記憶も、一、二回である。
 
 六歳で村木沢を離れた後は、暮れのうちについた餅を買ってきて、後でほど良く固くなったものを母が包丁で切り、雑煮にしたり、あぶったりして食べたたことも思い出に変わっている。
 
 山形の正月、他の家族はどんなことをして過ごしていたのだろう。
 
 家族四人でこたつに入って、横になって、食べ過ぎて太る。そんな正月だったようだ。
 
 みんな休みの正月でも、母だけはいつものように働いていた。
 
 食事を作り、洗濯をし、掃除をしていた。東京に来て、後悔するのは、そんな母を手伝わなかったことである。
 
 暮れの大掃終も、母一人でやっていた気がする。嬉しいはずの年末年始の思い出の底ににがい記混が宿ってる。しかし、だからといって、今年は帰って手云おうという気にもなれず、たまに正月に帰っても、やっぱり母に働かせ、ゴロリと横になって、ただただ太る自分がいるばかりである。
 
(出典:『やまがた街角 第3号』2001年12月1日発行)


 

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