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毎日がクリスマス

千原 通明
(カトリック司祭/こまくさ保育園園長)

※一部表現、寄稿者の肩書等に掲載誌発刊時点のものがあります。


 十二月二十五日はクリスマス。子どもも大人も今や誰もが楽しみにしています。が、クリスマスとは何か、その意味をあなたはご存知でしたか?

 

 クリスマス (Christmas) とは直訳すれば「キリスト(救い主)のミサ」という意味でイエス・キリストの誕生を祝う感謝の祭りのことです。

 

 が、その誕生日が十二月二十五日であることは聖書のどこにも書いてありません。本当のところ、イエスがいつ生まれたのか確かなことはわからないのです。

 

 十二月二十五日はもともと古代の口ーマでは太陽の護生日として祝われていました。冬至のあと、太陽が再び高く昇ってくる時季だからです。四世紀にキリスト教がローマ帝国の国教となってから、この世の光であるキリストの誕生日として祝われるようになりました。

 

 また西暦で今年は二〇〇一年ですが、西暦はキリストの誕生年を紀元とする数え方で六世紀に一人の修道士によって編み出されました。キリストの誕生年の前と後とで分けて数える画期的なものだったのですが、どうやら計算間違いをしていたようで、じっさいには紀元前六~四年にイエスは生まれていたようです。とすれば、今年はもう最大で二〇〇七年。新世紀はとっくに過ぎていたことになります。

 

 クリスマスに定番のサンタクロースは、四世紀に小アジア(現在のトルコ)に生きた聖ニコラスの伝説が元になっています。たとえばプレゼントをくつ下に入れる習慣は、当地の司教だった聖ニコラスが貧しい娘を助けるために投げ入れた金貨が暖炉のそばに干してあったくつ下に入りこんだという逸話を元にしています。子どもだちへのプレゼントも聖ニコラスの命日である十二月六日に行われていたオランダやベルギーの習慣でした。それがアメリカに伝わってクリスマスと結びつけられていったのが十八世紀以降のこと。ちなみにあの赤い服のサンタはそれからずっと後に作られていった商業的キャラクターです。

 

 さて、教会ではクリスマスを迎える準備を四週間前から始めますが、その期間を「待降節」と呼んでいます。イエスの降誕を待つということですが、これには当時救い主の訪れを待ち望んでいた旧約の民のこころに思いを馳せながら、これから実現されるはずの真の愛と平和の世界をただ待つのではなく、積極的にかかわっていくという意味が含まれています。それで教会では貧しい人への施しが大切にされてきました。一般にもこの時期、歳末の助け合いなどが盛んですよね。しかし、誰かのために何かをするというのはじつに難しいことです。

 

 そこひとつのお話を紹介したいと思います。それは私の知っているシスターの体験談です。そのシスターは、ある年のクリスマスを入院中の病院で過ごさなければなりませんで した。イブのミサに外出許可をもらって参加した彼女は、病院のタ食に間に合わず、戻ったときには何も食べるものがありませんでした。それに気づいた同じ病室の患者さんが「これを食べて」と少しずつ分けて下さり、隣の病室の方々まで持ち寄ってきてくださって、ついには彼女の目の前は食べきれないほどの食べ物でいっぱいになったそうです。そのとき彼女 は涙がこみ上げてくるのを感じながら思いました。「これがクリスマスなんだ。私のこころに暖かいともし火がともされた」と。

 

 人に何かをするよりもっと以前に、人からしていただいていることの方がはるかに多い。与えるよりも与えられていることの方がはるかに多い。そして何よ理も、いのちそのものをいただいている。まず、そのことに気づくこと。これが本当のクリスマスのはじまりです。宗教の違いを超えて皆がクリスマスを祝う意味はここにあるのではないかと思います。

 

 神は、その独り子をお与えに
 なったほどに、世を
 愛された。

 

 これは聖書のヨハネによる福音書にあることばですが、私たちが愛するよりも先に神が私たち一人ひとりを愛し、いのちそのものであるキリストを与えてくださったことを言い表しています。

 

 私たちは家族や友人など多くの人の手をとおして毎日愛を受けています。それがあまりに具体的なので見逃してしまいがちです。が、日常の小さな体験にあらわれるこの愛に気づくとき、私たちは言い表すことのできない深い感謝の気持ちで満たされます。

 

 何事のおはしますかは
 知らねども
 忝(かたじ)けなさに
 涙こぼるる

 

 私の好きな西行の歌です。日本人のこころに湧き上がる感謝の念。こころの奥底にほのかに照らされる暖かいひとすじの光。その光の誕生を祝うのがクリスマスのこころだとすれば、私たちにとってじつは毎日がクリスマスなのです。

 
 

(出典:『やまがた街角 第3号』2001年12月1日発行)


 

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