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近江商人の漬物 ーー近江漬……おみ漬

清物屋 八

※一部表現、寄稿者の肩書等に掲載誌発刊時点のものがあります。


 山形の冬といえば蔵王の樹氷と納豆汁そして青菜漬(せいさいづけ)とおみ漬である……。

 

 現在はおみ漬の材料に青菜を使用するので、青菜漬が先にあってそれを使っておみ漬が出来たように思われるが、時代としては青菜が日本にそして山形に定着したのは明治時代であり、さかのぼって、おみ漬が最初に作られたといわれるのは江戸時代である。山形の紅花が染色や口紅に最良とされ、数多くの商売人達、特に近江商人が山形に紅花を買い付けに来て、今でいう単身赴任をし商売に精を出していたと言われる。

 

 質素僮約を旨とする近江商人達は、なにもが「もったいない」精神で昔の上水路である山形の堰に上流から流れてくる葉っぱ類、大根葉などを笊で拾い集め、漬け込んだと言われている。塩一斗に菜っ葉類一斗のレシピが残されており、現在では考えられないしょっぱい漬物であったようだ。この近江商人が作った漬物が近江漬となり現在はおみ漬として山形を代表する漬物となった。

 

 食べ方もいろいろありおみ漬には納豆が一番と醤油を加減した納豆におみ漬のしょっぱさであったかい御飯に掛ければ何もいらないくらい食がすすむ、炒め御飯の具などに利用するのも最良で、山形人にとって秋冬の欠かせない漬物である。

 

 作り方も面白い話を聞いた、葉っぱ類の切り方だが昔は細かく切れば量も増えるとのことでよしとされたが、山形人が作り始め大根の銀杏切りや人参の千切り、紫蘇の実を入れ香りをつける、家によっては芋がらや柿の皮などなど……潰物自慢は山形には山ほどいる。そんな中で葉っぱを少し大きく切り残し漬け込むといわれている。これは現代の生活からはまったく考えられない習慣の貴重な道具である。

 

 賢明な読者の皆様はお気づきであろうと推察するが、上下水道の整備されなかった時代にできるだけ洗い物をしないのは当然の事、毎日の食事の折にお膳で食べる。終わったら自分の御飯茶碗にお碗、箸を白湯(お茶は贅沢とされていたらしい)で洗う、この洗う道具に少し大きく切った葉っぱが役に立つ、そして、自分のお膳に布巾をかぶせて仕舞い、またそのまま次に使う、利にかなった食事の片付け方である。

 

 現代にこんな食べ方が出来たら逆に優雅かなとも思われる一つの歴史である。

 

 霜の降りるころ山形の各家庭で青菜洗いが始まり、青菜の漬け込みそしてトントントンとおみ漬けを刻むお母さんやおばあちやんの姿などめずらしくなり、家庭での自家消費の漬物作りが減っている。潰物屋にとってありがたい反面、家の自慢のこの逸品といわれる漬物がなくなっていくのは寂しい気がする。

 

 山形にとっての漬物作りは宝物かも知れない。

 

 『おみ漬の新物が出来ました。』等と大きな声で漬物を売りながら…………歴史ロマンあふれるおみ漬に感謝感謝。

 

(出典:『やまがた街角 第3号』2001年12月1日発行)


 

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