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幻の名犬、高安犬

松山 次郎
(ノンフィクションライター)

※一部表現、寄稿者の肩書等に掲載誌発刊時点のものがあります。


 「チンは高安犬としての純血を保っていた最後の犬だった」の書き出しで始まる、動物作家といわれた戸川幸夫の代表作『高安犬物語』。高安犬は名前の由来通り、高畠町高安地区を中心に猟犬として飼われていた中型犬だった。

 

 戸川さんは高安犬を「幾日も雪山を歩きぬく忍耐力と、相手が倒れるまで食い下がる闘魂。鼻をもぎとるような寒風の中から熊の体臭を嗅ぎわける鋭い感覚、これら類のない特徴をもつ熊猟犬」と描いたが、かつて日本各地には特定の地域のみに生息する「地犬」といわれる犬たちがいた。しかし明治以来、舶来万能の風潮によって、輸入された洋犬と日本犬の雑種化が全国で意図的に行なわれた。そのため、大正末期までには、純粋な日本犬はほとん ど姿を消してしまった。

 

 戸川さんは旧制山形高等学校在学中に“高安犬”のことを知り、昭和二十九年に『高安犬物語』を発表したが、すでに昭和初期には“高安犬”は絶滅していた。しかし昭和六十一年、この高安犬を復活する活動があった。

 

 当時、高畠町にあった高安犬保存会の手で、アイヌ犬と紀州犬を交配して昭和五十九年に誕生したメス犬のミーコを「高安犬」として復活する計画があった。この犬を引き取り猟犬として訓練をしたのが、猟師で高畠町上和田で飲食店を営んでいる椿勉さんだった。

 

 椿さんはこのミーコを猟犬として育てるために、小さい頃から毎日熊の肉を与え、もの心付く頃から生捕りの熊を相手に訓練を行なっていた。熊の肉で育てられたミーコは、動物の臭いをよく嗅ぎ分け、敵に対する闘争心も強く、その姿、性格は高安犬を彷佛させると云われていた。椿さんのおやじさんが存命中には、戸川さんはよく店を訪れ、そこで飼われていた猟犬を最後の高安犬だから増やしたいと東京に連れていったが、病気で死んでしまった。その犬が『高安犬物語』のモデルになったそうだ。

 

 高畠町高安には「犬の宮」「猫の宮」と伝説上の犬と猫を祀った社がある。犬の宮には、和銅年間に役人に化けて村びとに人身御供を要求した魔物たちを退治した後に手当ての効もなく死んだ、二匹の甲斐犬が祀られている。この伝説と、椿さんの所で飼われていたマタギ犬を基にして、戸川さんは『高安犬物語』を書き上げた。

 

 戸川さんは高安犬の特徴を「白い立派な中型犬で、ピンと立った耳、犬張子のように張った胸、逞しく巻き上がった尾、キッと正面を見据える刺すような瞳、悠々と力強く歩く」と描いた。

 

 ミーコの体毛は白くはなかったが、太い首、しっかりした脚、ピンと立った三角形の耳、巻き上がった尾と、高安犬の外見上の特徴も備えていたが、なにより主人には忠実で、一緒に山野を駆け回れる高い身体能力を持っていた。

 

 しかし、“高安犬”の復活が期待されたミーコは発情期がくる前にフィラリアで病死してしまう。これ以降にも高安犬復活の計画を試みた人もいたが失敗に終わり、現在では高安犬保存会も存在せず、“高安犬”はまさに“幻の名犬”になってしまった。

 

(取材協力:大越光一郎)

 

(出典:『やまがた街角 第36号』2007年6月1日発行)


 

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